いつまでも「Xデー」を待つ自分

これは前に頭では理解していたけどやめられなかったことです。

 

「これが終われば楽になる」という考えって大抵の人は思ったことがあるんじゃないかなーなんて考えているのですが、これって期待しているほど楽にならないことって多いなーっていう経験則があります。だからわたしも前から辞めたいとずっと思っていました。だけど中々やめられませんでした。

 

なぜかというと、この「Xデー」を待たないという選択肢は、「いち早く楽になりたい」という想いと矛盾しているように感じていたからです。より具体的には、「Xデー」を待たないということは「希望を捨てて冷たい現実と常に戦わなければならない」を意味するようになっていたからです。

 

しかし、これは今は違うと考えていて、「Xデー」を待たないということは、「いち早く楽になりたい」という思考を一度まっさらにして、「なぜ今自分が楽になりたいと考えているのか」そして「なにがその苦しみを生んでいるのか」に少し焦点を当ててみることだと思います。でもそのあとに突き止めた苦しみと戦う必要は全くなくて、むしろその苦しみに対して、自分自身が共感すること、そしてそれを和らげる言葉をかけてあげるが大切で、それができると自然と最初の「いち早く楽になりたい」という漠然とした苦しみが無くなっていたことに気付いたのです。

 

わたしの場合はこういった不安や苦しみが生じたとき、またそれが頭で考えてもどうしようもないときは、日誌に大体文字起こししています。一度文字にすると案外冷静なもので、割とすんなりと書ける言葉が見つかります。この辺りは自分でも不思議でした。

 

そんなわけで、話が全然まとまってませんが、「Xデー」を待つのをやめるというのが最近出来るようになったよーという話でした。

 

今日はここで筆をおきたいと思います。